赤とんぼ

Kさんは77歳の認知症の女性でした。
社会福祉協議会より依頼を受け、私が後見人を受任した、初めての案件です。
とても困難な事案でしたが、3年の支援のうちに私を認めてくださり、最後はすっかり私を頼りにしてくださってました。

2年前の8月。

私は福岡から滋賀に転居が決まり、自分の仕事の引継ぎを同業の方々にお願いし、整理を始めているところでした。
その1ヶ月前に夫の父を見送り、すぐに私の母の病気が分かった頃でした。
心身ともに余裕のない状態だったような気がします。

さあこのKさんをどうする?

家庭裁判所に申立てすると、正当な理由のあるときにかぎり後見人は交代することができます、

しかし書類の手続は何とかなるとしても、
この気難しいKさんがまた一から他の人とやっていけるのだろうか。

その日も、Kさんを訪問した帰り、そんなことをあれこれ悩んで考え事しながら車を走らせていました。

Kさんは、私が帰るときいつも手を握り、
「今度はいつ来てくれるの?」と聞くのです。


3年ですが、私とKさんは色々な思いを共有してきました。
それは、ほとんど彼女の過去に関することです。
胸の中に貯めておいた思いも、私には話してくれていたのでしょう。


ああ、どうしよう。
私が訪問しなくなった理由を理解できないKさんは、
またふさいでしまうかもしれない。
他の人に当り散らすかもしれない。
新しい後見人と上手くやっていけるだろうか・・・



その日は素晴らしいお天気の日でした。

8月も終わりの、真っ青に澄み渡り、山の稜線のはるか向うまで見渡せるような空。

夕焼けには少し早い時間の、ずっと広がる田んぼの脇の道をまっすぐ走っていました。

稲穂は実りの時期を控えてまだ青く、まさに一番充実し落ち着いた季節を迎えていました。

ふと気がつくと、すごい数の赤とんぼです。

田んぼの稲穂の上を、ふわふわと楽しそうに飛んでいます。
みんな家族かな、どこから来て、どこへ行くんだろう。



すぐに死んでしまう命だけれど、今この瞬間のことだけを考えて、一生懸命に飛んでいるんだなあ。
そしてまた来年も同じ風景がここにあるのだ、と思いました。

ふとKさんの顔に母の顔が重なりました。


母は死んでしまうのだ。


でも、不思議な感情でした。

急に、それまでがんじがらめになっていたような緊張が切れて、涙があふれて、そのあとに頭の中になにも残らないような心地よささえ感じました。

あのときの九州の青い青い空。

思い出すたび、いつも不思議な勇気をくれるのです。










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Posted by しかない行政書士事務所 at 13:54│Comments(0)わたしのこと
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